『探偵は御簾の中』を読んだ

⚠トリックそのもののバレはありません。

装画の美しさと、平安ミステリというこれまで読んだことないジャンルに惹かれて手に取ったのがこの本。
『探偵は御簾の中 検非違使と奥様の平安事件簿

当方の平安時代に関する知識ですが、中高の日本史や古典で習ったけどうろ覚えだな、程度。
勉強不足により、変な記述があると思われます。
生あたたかい目でスルーするか、コメントやTwitterでこそっと正しい知識を耳打ちしてくださると助かります。





☆忍さま、最高の女では!?

この本をグイグイ読ませる力。
それは、忍さまがとても魅力的な女性であること。

平安時代の深窓の姫君なのに、頭脳明晰で耳年増でサバサバしてて、序盤はそのカッコ良さに惚れ惚れしながらページをめくってしまう。
和歌や物語から引用をして会話に織りまぜる教養があるのも、姫君なら当然のこととはいえ、とてもステキ。

新婚早々にヘタレな夫を操縦しようとしたり、殺人の話をききたがったり、真相究明のために女房に紛れこんだり、「……深窓の姫君?」って首をかしげたくなるような“強さ”にシビれる。

それでいて、結婚せずにぼーっとしていたら16歳になっていたり、鬼に遭遇しても身動きできなかったり、夜這いしてきた男に対して固まってしまったりといった一面がまた人間味があって好き。

全てを失ったときのモノローグで、こちらの胸もぎゅっと締め付けられた。


☆夫婦の関係性

関係性のオタクなので、正直めちゃくちゃ興奮しました。
政略結婚で結ばれた2人が、夫婦の絆を深め、恋をして、愛を知るまでの物語。

ヘタレで恋に無縁な若君と、頭脳明晰で耳年増なところがある姫君。他の平安貴族からすれば変わり者で、人並みな恋愛をしてこなかった2人。
人間としての相性が良いんだろうな。

夫婦だけど、恋とか愛とか男女の関係を知らない。
そんな2人が、女房と別当の浮気ごっこを演じたことがきっかけで、恋のスリルや胸の高鳴りを知るってエモくない?

世間には夫の浮気だと思われてるのに、浮気相手の女房の正体は結婚8年目の妻。
女房らしく着飾った妻の姿と夜這いの緊張感で理性を失って恋をするって……。祐高さま、めちゃくちゃ忍さまのこと大好きじゃん……。

この夜這いのシーンはめちゃくちゃドキドキしたしハチャメチャに萌えた。
初めて読んだだけでハマる本は、だいたいどこかに「この作品、めちゃくちゃ好きだ〜!」と心に火をつけてくれるシーンやフレーズがあるんだけど、この本の場合はここ。

そして、襲われそうになった忍さまの前に颯爽と現れて見得を切ったところで「少女漫画だ!!!」とニコニコしたのは言うまでもない。
祐高さまの成長ぶりがすごい。
普段ぽやんとしている人ほど、本気の恋は燃え上がるものなんだ。


☆雅な世界に突如現れるバラバラ死体

ちょっと変わった貴族の夫婦という魅力的なキャラ設定。
会話文と地の文ともに、流れるような現代の口語で書かれた文章。
それでいて平安時代の価値観や文化におそらくめちゃくちゃ忠実であろう世界観。検証したわけではないが、あとがきの注釈を見る限り、作者は史実に詳しいと思われる。
これらが合わさって、現代語訳された古典とも、平安“風”コメディとも違う、独特の雰囲気と読みやすさを作り出している。

この世界観とラブコメを楽しむだけでも十分満足なのだけど、さらにバラバラ死体や不審死というゴリッゴリのミステリ要素を組み込んでくる。

科学的な捜査技術がない時代。
しかも、鬼や物の怪が信じられている。穢れがうつるとして、死体や現場の検証すらできない。
現代なら簡単に真相がわかるような事件であっても、当時の状況だけで推理を組み立てていかなくてはならない。
それを逆手にとったトリックやロジックが楽しめる。


☆世界観に彩りを添えるキャラクター達

メインの夫婦以外のキャラクターも魅力的で、物の怪が信じられていた時代ならではの、事件の動機や反応が面白い。

陰陽師天文博士が宴会芸の手品を得意としていたり、事件の動向を語る桜花のあっけらかんとした雰囲気といい、「非科学的なことが信じられていた時代だったけど、それを利用して都合よくことを運ぼうとする人間もいた」という人間味というか謎のリアルさが読んでてめっちゃ気分が良い。

あと、個人的に好きなキャラが純直。摂関家嫡流の美少年貴族で、バラバラ死体でテンションが上がり、趣味は猪狩り。
無茶ぶりをしてみたり、子どもっぽい発言もするが、それは自分の立場をわきまえて空気を読んでしているからだという。最高。
事件が起きれば喜んで突っ走る少年貴族が選んだのは、事件の中心である死体を演じられる強い女性。なにそれエモい。
主人公夫婦とはまた違う“良いコンビ”感がすごい。